2011年03月16日更新
耐震補強リフォーム
2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震の被害の大きさには、建築家として忘れられないショックを受けました。折角地震に耐えながら、その後の大津波でさらわれてしまった住宅の映像を見て、設計者として無力を感じました(因みに、木造住宅がすぐに浮かんでしまい、コンクリート造の住宅が波に耐えたように見えるのは、単純な住宅の重さの問題ではなく、基礎と上部の上屋の連結の構造の違いや、素材としての木材とコンクリートの比重の違いの影響が大きいと思われます)。
大津波には抗うことができませんが、住宅の耐震補強リフォームは幾度か行ったことがありますので、それらの事例をご紹介いたしました。「住みながらのリフォーム」でご紹介した広尾K邸がその一つです。まず目視と図面確認だけで可能な簡易耐震診断を行ったところ約0.75の「やや危険」と診断されました。上下階の壁位置がずれていることや耐力壁の少なさなど具体的な不安点も見えていたので、大工に部分解体して貰いながら隠れた個所の問題も調べ、構造設計者も交えての精密耐震診断を行いました。新規壁をほとんどなくし、なるべく既存壁への構造用合板での補強で耐力を確保するという方針のもと、大工とも補強方法を細かく検討しながら工事を行ってゆきました。実は耐震診断にも、補強方法にも幾つか方式があります。どの計算方法を採用し、どのように補強するかも、建築家と構造設計者がチームを組んで既存建物の特徴とリフォームのプランを見ながら一緒に考えるものです。専用ソフトがあればできるような単純な計算ではなく、書庫やピアノといった重たいものがどこに置かれ、二階床の梁がどのように掛けられているまで検討するもので、経験豊富な構造設計者でなければできないものです。さらに、その補強法方が実際に工事可能かを大工に相談しながら計画してゆくものなのです。
もう一つの補強例は「別荘リフォームのススメ」でご紹介した伊豆K別荘です。こちらはコンクリートのピロティー(1階は支柱だけで2階以上に室内空間がある建築)形式の建物で、お風呂の水漏れが原因で柱内部の鉄筋が錆てボロボロになっていました。全体を補強することにすると、補強予算だけで想定していたリフォーム費用を使い切ってしまうので、まずは10年持たせることを目標に、危険度が高い浴室直下部分をまず補強することになりました(順次他の部位も補強してゆけば、もっと年数を持たせることが可能です)。脆弱部分をコンクリート壁で補強することにしましたが、地下の状況を考えずに壁を立てると、かえってその重さで周囲が地盤沈下する可能性があったので、既存の地中梁に荷重を分担させながら補強する方法を採用しました。
耐震補強という言葉から、単に構造を補強するリフォームだと思われているようですが、実際はただ強くするだけで生活に不便が生じては意味がないので、リフォーム後の間取り、使い勝手とデザイン、そして予算配分まで考えながら計画を練る高度な設計力が必要とされるリフォームなのです。
地震に耐えるだけでも上記のように難しいリフォームで、その後の津波にも耐える建物へと補強してゆくことは相当の困難が予想されます。大きな自然災害のたびに、どれだけ建物が被害を受けたかを研究し、その対策を考えだしてきたのが日本の建築界ですから、まずは今回の震災の研究調査結果が出て、それらを元に新しい基準や指針が発表されるのを待つことになりそうです。
最後になりましたが、今回の震災で災害を受けられた方々に心からお見舞い申し上げます。
収納の周囲の壁、すべてが構造用合板で合理的に補強されている
か細く見える柱をコンクリート製の壁で囲み、壁全体で上部の荷重を支えるよう耐震補強
以前はいつ崩れるかと不安に感じていた浴室が、安心できれいで快適な浴室へとリフォームされた
補強方法を詳細に大工に説明するためのスケッチ図
- 建築家
各務 謙司 (カガミ ケンジ) 1966年東京都港区生まれ。早稲田大学大学院終了後、ハーバード大学大学院に入学。留学修了後、94年にニューヨークのCicognani Kalla設計事務所勤務。マンハッタンの高級マンションのリノベーション、郊外の別荘等を担当する。帰国後、生まれ育った白金台に設計事務所を開設。古くなった建物にリフォームで手を加え、住まい方にあわせカスタマイズし、生き返らせることを活動の一つの柱としている。
カガミ・デザインリフォームhttp://www.kagami-reform.com/