ダイニング横、低い天井と庭に面したコージィなコーナー。
埼玉県の郊外。高度成長期にできた住宅地の一角に、阿部勤さんの家はある。築35年経ったコンクリート打ちっ放しの壁は庭木に覆われ、道路からはもはや建物の全貌を見ることはできない。
この自邸を構想したのは独立して設計事務所を主宰する以前、坂倉準三建築研究所の所員だった頃。いつの時代でも生き生きとしているような、長く住み続けられる家にしたいと設計したこの建物は、コンクリート造と木造の混構造。コンクリート打ちっ放しの壁に囲われた内側に木の床や天井が組み合わされ、空間はすべて自然素材で構成。有害物質と無縁なケミレスハウスである。基本は頑丈だけれど優しくてナチュラルで、適度に柔らかいところもあって(理想の男性像を語っているような?)、不思議に落ち着く素材感だ。
同時にその頃の阿部さんは5年ほどタイに滞在し、現地の学校設計をしていた時期で、東南アジアの建物を随分体感したという。
「今でこそアマンダリとか、自然となじんだ東南アジアのホテルがメジャーになったけど、タイ人経営のホテルの、外みたいな中、中みたいな外という感覚が当時とても新鮮だった。部屋の扉を空けて歩いているといつの間にか外へ出ていたりする。そんな気持ちよい、自然と馴染む空間に影響を受けた」(阿部さん)
2階の外に開かれたコーナー。緑に包まれ鳥の巣のよう。自然の風が通り抜ける。あちこちに心地よく寛げる場所がある。
2階の真ん中、コアのような寝室での阿部勤さん。
ダイニングから見上げると吹抜けになっていて、視線は2階の空間へ、窓の先の空へと抜ける。
リビングの上、コンクリートの壁に囲われた小さな部屋が寝室。扉を閉めて中に入るとしんとして、ここだけ別世界のよう。
「当時お金もなかったし、坪単価10万円以下でつくってやろうと、ぎりぎりの材料で挑戦した。内外断熱なし、低気密低断熱(笑)。でもこの部屋みたいに、一箇所冷暖房して篭れるような、かまくらみたいな場所を確保しておけば大丈夫。実は耐えられないほど寒い日や暑い日は一年のうちそんなにないから、大きな家を小さくする、小さな家を大きく住まう発想で」(阿部さん)
コンクリートのフレームはあってもドアや窓などの建具が嵌っているとは限らず、何となく囲われているような開いているような。あるいは庭や空がすぐそこに見えているけれど外ではなく、室内だったり。そんな「曖昧空間」は30坪という延床面積よりずっと広く感じ、何とも心地よい。
「人類は砂漠でもなくジャングルでもなく、その中間で生息してきたわけでしょう。牙もない人間は敵を認知して隠れて生き延びてきたから、見え隠れできる空間が落ち着く。マンションみたいに完全に閉鎖された空間にいると不安になる。この家は、ちょっとした視点や体の移動で、無限にシーンが変化、展開するのが快適だし、楽しい」
「自負しているのは、今でもこの住まいに決して古さを感じないこと。時間とともによくなる家をつくりたい」という阿部さん。
「スウェーデンの画家、カール・ラーションが『正しく古いものは永遠に新しい』という言葉を残していると建築家の池原義郎先生からうかがったが、いつの時代でも生き生きとして古くならないものがあるはず。住まいとは何だろうかという原点を考えてつくったとき、正しく古くなっていく家ができるのかもしれない」
住まいの原点って何でしょう、と聞いてみた。
「そうね……よりどころ、かな。世界の中心だと言ったのはガストン・バシュラールだったけど。気持ちよさ、空間との関わり。人間関係でも気に入った人に囲まれてると幸せなように、家という空間が気に入ったもので、それに囲まれていると幸せだから、住む人の心とよい関係性を結べる空間を設計することが大切だと考えてます」
取材を終え、阿部さんの笑顔に送られて外に出ると、夏の日差しが照り付けていた。今日がそんなに暑い日だったと気付かないほど、小さな森のような緑に囲われたコンクリートフレームの家の中は冷んやりとして、高原の山荘で過ごしたみたいに清々しい時間だった。
20年近く前から存じ上げているけれど、現在まで変わらぬスタンスで原点を見つめながら「住まい」を設計している阿部さんは、20年前よりいっそう素敵でダンディであった。
- 阿部 勤さん プロフィール
- 1936年東京生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業後、坂倉準三建築研究所勤務。アーキビジョン、アルテック 建築研究所共同主宰を経て、1984年アルテック設立、現在に至る。住宅の他主な作品に蓼科荘レーネサイドスタンレー、賀川豊彦松沢資料館、岡山県営中庄団地第2期、横浜双葉学園など。(株)アルテック 東京都目黒区五本木1-12-17 TEL:03-3792-4081 http://abeartec.com
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