廣部さんが二世帯住宅を建てた川崎市のこの辺りは、以前は梨の産地だった。
廣部家は先祖代々この土地に住み、廣部さんも幼少の頃、梨を育てるのを手伝ったおぼろげな記憶があるという。
当時は梨畑が周りを囲んでいた約150坪の敷地に、ご両親世帯と廣部さん夫妻のための
住宅を設計して建て、10年が過ぎようとしている。
日本が誇る名建築家、故芦原義信さんの事務所で所員として働いていた頃、廣部さんには迷いがあった。好きな建築はと聞かれると、海外にも日本にもいっぱいあって、百ぐらいは挙げられたけれど、じゃあ自分はどんなものをつくりたいのか、という問いには答えられない気がした。
そこで廣部さんは旅に出た。スケッチブックを持って8ヶ月間世界を放浪し、建築を見て歩いた。旅に出て4、5ヶ月が経ち、コペンハーゲンに到着した頃、建て替えを予定している自宅の図面を描き始めた。ご両親は大正時代から増築を続けて住んでいた古い家で、廣部さんの設計を待ってくれていたが、いつまでも旅から戻らない息子に痺れを切らさんばかりだったという。
「結局、世界の建築を8ヶ月見て帰って来て、2ヶ月でこの家の図面を仕上げました。その時にはもう迷いはありませんでしたね。一言で言うとその旅をして『楽になった』感じ。旅に出るまでは、海外の建築か日本の建築がいいのか、迷いがありましたが、海外にいてさんざん建築を見て『ああやっぱり自分は日本人だよね』と確認。安堵感みたいなものを得た」(廣部さん)
結果として、この設計をきっかけに自分の事務所を設立、独立するかたちになった。
「30歳の時の設計なので、若さはあるんですよ。でも後悔してる部分はないんです。あとは、住みながら学んでますね。この部分は一見大胆だけど、実際住んでも大丈夫、とか。それが自邸からもらった最大の恩恵ですかね。設計中にお客さんが心配しても『ウチでやってますけど、気持ちいいですよ』と言うと、どんな理屈より安心されるリアリティがある」(廣部さん)
2階、書斎からテラスを見る。こうして窓を開けると右手のグレーチングのブリッジを通ってリビングへ行ける。
2階、リビングでの廣部さん。スクリーンとして設けた階段上吹抜けとの境のスチールパイプは敢えて等間隔でなく配してある。
そんな経緯があって建てた廣部さんの自邸。廣部さん夫妻の世帯は1階に寝室と夫人の音楽室、2階にリビングなどメインの生活空間をレイアウトしている。
1階の寝室は窓を開放すると水盤を隔てて坪庭とつながり、和の趣きもあり、落ち着いた光がアジアの建物にいるみたいでもあり、何とも落ち着く空間だ。外からは内部が見えないため、ブラインドを下ろさずに眠ることもできる。
2階からも同じ1階坪庭が見下ろせ、書斎の南側、水盤の真上の位置に半分壁で囲まれたテラスがある。階段の吹抜け上のブリッジが同じグレーチング材でフラットに続けられていることもあり、窓を開放すればどこまでが内でどこからが外なのか錯覚しそうな面白さを味わえる空間だ。
ガス管として使われるスチールパイプを利用したスクリーンは、リビングと書斎、2階と1階のエッジというか境界を曖昧にする効果をもたらしている。そのスクリーンと、単純な四角でない、曲線や斜めの線でも構成された建物のせいか、書斎からリビングを望むと、まるで大きなハープのこちらからあちら側を見ているよう。何だか「音楽的な」空間だという印象を持ったのは、廣部さんがプロギタリストを目指したこともあり、「建築と音楽は共通点が多い」という話をしてくれたからだろうか。
また、屋内から楽しめる3つの坪庭に面した窓とトップライト、ハイサイドライトから一日を通して動いていく太陽を感じられるという。
「地球にいるんだな、とわかる『所在感』が得られる家にしたかった」のだそうだ。
「家にいて、普通に過ごしている時間が『ちょっとスペシャル』になったらすごくいい」とも。休日は家にいるのが一番心地いいし、外にいても「すぐ帰って来ちゃいますもん(笑)」。「建築って、中の空気をつくっている」と言っていた廣部さん。
そう、僭越ながら私も同感だ。写真も、空気や光、そこに流れる時間を撮っていると思うことがあるけれど、取材後に淺川敏さんが送ってくれた廣部邸の写真には、あの日の光がしっかりと写っていた。
- 廣部剛司さんプロフィール
1968年神奈川県生まれ。日本大学理工学部海洋建築工学科卒。芦原建築設計研究所を経て、建築を巡る8ヶ月の旅の後、1999年廣部剛司建築設計室設立。日本大学理工学部海洋建築工学科非常勤講師、明治大学理工学部建築学科兼任講師。一級建築士。
廣部剛司建築設計室 神奈川県川崎市高津区諏訪1-13-2 広佐ビル2F
℡ 044-833-9798 http://www.hirobe.net/
<建築家の自邸 バックナンバー>
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