2009年01月07日更新
プランの実体化の第一歩・地鎮祭
無事に確認申請も通り、今まで主にプランニングについて相談してきた増井真也さん率いる「ますいいリビングカンパニー」と工事請負契約を交わすことに。ここから建築工事がスタートし、紙の上でしか展開されてこなかった家づくりがついに実体を現すことになるわけです。 解体を終え、更地になった土地にまずは「地縄張り」という作業を施します。これは計画している建物の外周に沿って杭と縄(ビニールヒモや細い糸であることが多いです)を巡らし、建物と敷地周囲との距離などに問題がないか、確認するという意味があります。ときによって、もともとの敷地図に変更や間違いがあったり、設計者に勘違いがあったりしても、こうして敷地に実物大のアウトラインを描けば一目瞭然で問題点に気付くことができます。 わが家の場合はその直後に地鎮祭を行いました。土地の神さまに建設の断りを入れ、その後の工事の安全について祈願するものです。地域ごとにどこの神社にお願いするかがだいたい決まっているのですが、私たちには見当がつかなかったので、増井さんに神主さんの手配をお願いしました。 この地鎮祭、建物の規模や工務店の考え方などによって、その形式にはかなりの幅があります。建主と設計者、工事責任者などが立ち会うほか、工事を担当する大工の棟梁など主だった職人さんが出席することも。 とりあえずは設計時の窓口となってくれた、ますいいの中村さんに何人くらいが出席して、神主さんのお祓いを受けるときのお供えに何を用意すればいいか、また出席者へのご祝儀はいくらくらいか、などについて質問しました。 その回答によれば「出席者は増井と中村、工事担当の池上の3名」、「お供えの生米(2合)と祭壇に盛る器は神主さんが用意されます。そのほか、清酒1本、塩(小皿一盛程度)、魚(有頭。さんま等で結構です)。野菜と果物をそれぞれ3、4種類1~3個ずつ用意してください」、「神主さんへの玉串料は3万円です。私たちへのご祝儀はけっこうです」という内容でした。 私たちも勝手がわからないながら、「ナマモノもあるし、お供えは現場近くのスーパーで買おう」、「ご祝儀はいらないといっても、お世話になっているし、気持ちだけでも渡そう」ということに。 そして、地鎮祭当日の9月3日。まだまだ残暑が厳しく、更地となった敷地に直射日光が照りつける中、妻と息子と娘を引き連れて到着しました。目の前には前述の地縄張りを済ませた敷地。 「玄関はこのへん」、「土間があって居間を通ってここがキッチン」、「仕事場はこっち」と増井さんに説明を受けながら、なんとなく間取りの概要を体感します。やはり実際に歩いてみると、プランがリアルに感じられるものです。「やっぱりうちって小さいね…」とささやく妻に、「ま、更地になると隣家の壁がダイレクトに見えるし、狭く感じるものだよ。これでまた建物が立ち上がって縦の空間が感じられるようになると、また違うから」とフォローしつつ、私も「やっぱり狭いもんだな」と内心ちょっと心配になっていました。 そうこうしているうちに神主さんの準備も整い、整列してお祓いと祝詞の奏上。地面に小さく盛り上げた山に「鍬入れ」という儀式を行い、神前に玉串を奉り、と一通りのことを済ませ、15~20分ほどで終了。お供え物は持って帰ると腐りそうなものもあったので、神主さんに引き取っていただきました。神主さんへの玉串料、増井さんたちへのご祝儀もささっと手渡し、こちらもほっとひといき。 その後、現場は地盤改良工事、基礎工事を経て、10月21日に上棟という段取りに。私たちはそれまでにキッチンやバス、洗面台などの設備機器をショールームで確認しておかなければなりません。そして、上棟当日までには「上棟式」の準備もしておかなくてはなりません。一難去ってまた一難。- 渡辺圭彦プロフィール
- 1970年生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、扶桑社「新しい住まいの設計」編集部に勤務。その後、(株)ハウジングエージェンシーを経て、編集・制作会社へ。2004年よりフリーに。著書に「家づくりのホント~欠陥住宅にハマらない心得」(週刊住宅新聞社)など。2009年2月に自邸が竣工。