2016年07月12日更新
高額化で様子見に回ることは、得策とは限らない
スーモ元編集長が、高額化時代のマンション購入の是非を本音で語る新連載 【第1回】
首都圏の不動産、特に東京都心部のマンションの高額化が始まって3年はたつだろうか。それ以前と比べて相場が坪単価で50万~100万円は上がっているエリアも珍しくない。坪単価で100万円違うということは、70㎡(約21坪)で2000万円以上、値上がりしていることになる。こうした急激&大幅な価格上昇局面になると、必ず湧いてくるのが「いまは買い時ではない、下がるのを待ったほうがいいのではないか」という説だ。2007年をピークとしたいわゆるミニバブル期もそうだった。今回は4年先に不動産の相場に影響を与えそうなビッグイベントが控えていることもあり、業界周辺ではさまざまな意見が飛び交っている。なかでもよく聞くのが、オリンピック前後にマンション価格は下がるのではないか、という説だ。ただ、間違いなくそうなると思えるほど説得力がある予測は今のところ聞いたことがない。誰もが納得する予測が出ていたら、すでに売り抜け合戦が始まっていても不思議ではないが、現実はそうなっていない。結局のところ、未来はその時がやってこないと誰にもわからない。予測は「当たるも八卦当たらぬも八卦」、占いみたいなものだ。
さて、このたび当サイトで新たに連載を執筆させていただくことになったわけだが、テーマはまさに「今、マンションを買っていいのか」だ。はじめに断っておくと、私は占い師ではないので、この先価格が上がるか下がるか、未来を予測することはできない。あくまで今買うことの妥当性をあらゆる角度から検証することが、この連載の趣旨だ。そもそも、私自身は「家はほしいときが買い時」論者であり、投資用物件は別だが、自分や家族が住む家は、ライフスタイルのニーズに応じて欲しい時に欲しい住環境を手に入れたほうがいいと考えている。人生の時間は有限で、人は必ずどこかに住むのだから、なるべく長い期間、自分にとって最適な家で暮らしたほうが、絶対に幸せな人生だと思うからだ。とはいえ、マーケット動向はまったく気にする必要はない、などというつもりはない。なんせ数千万円~億を超える買い物だ。とくに現状の高額化マーケットでは、欲しい条件の家に手が届いたとしても経済合理性の観点から慎重になって当然だ。必然、今は迷っている人が多いはずで、だからこそ、この連載のオファーをありがたく引き受けさせていただくことにした。
本題は次回以降に譲るとして、この連載をスタートするにあたり、なぜ独立したての私に白羽の矢が立ったのか、自分なりに考えてみた。結論は、私の情報収集&思考スタイルにあるのではないかと思っている。私は10年半前に住宅情報誌の編集長を任されて以降、自身が描く「住宅メディアの編集長像」を体現するため、政治、経済、金融、法律、歴史など世の中を動かしている仕組みや背景、最新の動向をひたすらインプットし続けてきた。住宅という商材・マーケットは、世の中のあらゆることと絡んでいる。たとえば経済対策として住宅ローン控除制度の対象になるという一点だけでも政治と関連するし、さまざまな税金が絡んでくる点で法律が関わってくる。建築基準法や宅建業法なども然りだ。
また、住宅購入には住宅ローンがつきものなので、金利の動向が重要になるが、金融がグローバル化された現代においては、世界の政治経済の情勢に日本の住宅ローン金利が左右されるようになっている。加えて、住宅は人の人生を左右するほど経済インパクトが大きい買い物だけに、住宅メディアは、レジャーや趣味などのメディアと比べて情報発信に対する責任が相対的に重くなる。だから私は、住宅メディアの編集長たるもの、世の中のことを広く深く知り続けなければならないと考え、それを実践してきたつもりだ。そして、さまざまなことを知れば知るほど、テレビ、新聞の報道や取材で聞いた専門家の意見や持論に、辻褄が合わないと感じることが増えてきた。なんかおかしいぞ、と思ったことを、そのまま世に出すわけにはいかないので、「新聞に書いてあった」「専門家がこう言っていた」で済ませることなく、自らファクトを調べて、その因果を考える習性が身についてしまったのだ。
そのうち、たとえば6月のイギリス国民投票前に、リスクオフの動きで円高株安に振れたときには「ということは、国民投票までは国債が買われて長期金利が一段下がり、もしEU離脱派が勝てば円高に進んでさらに株安金利安に向かうはず。投票結果次第では、翌7月の長期固定もの住宅ローン金利が大幅に下がるかも」などと6月半ばには見立てられる力がついていた。実際にフラット35の最低金利が0.93%という前代未聞の水準まで下がったのはご存知の通り。
ただ、私が大切にしているのは、未来を当てることではなく、さまざまな事象やトピックの因果をとらえて、自分なりの確からしい仮説を立てることだ。それが、報道などを通じた世の中全般の解釈とは異なることも多いが、自分の仮説は常にファクトに基づいているので少しばかり自信をもっている。当連載でも、ときに一見突拍子もない意見を発信することがあるかもしれないが、何の根拠もなしに発信することは決してない。できうる限り、ここでしか読めない、オリジナルだが確からしい「今マンションを買うことへの洞察」をお届けしたいと考えているので、読者のみなさんには、ぜひ根気よくおつきあいいただきたい。
- エディター&ライター
山下伸介 京都大学工学部卒業後、株式会社リクルート入社。二十数年にわたり、同社情報誌の編集に携わる。2005年より週刊誌『住宅情報マンションズ』(現『スーモ新築マンション』)編集長を10年半つとめ、『都心に住む by SUUMO』、MOOK『つぎに住むならどんな家?』なども手掛ける。2016年に独立。住宅関連テーマの編集企画、執筆、セミナー講師などを中心に活動中。更新中ブログ。一般財団法人 住宅金融普及協会 住宅ローンアドバイザー運営委員(2005年~2014年)。