2011年06月29日更新
上野の森へ
梅雨ですね。
今年の梅雨は比較的涼しくて過ごしやすい。
と、この原稿を書いている6月中旬の段階では、思う。
写楽展が評判というので、久しぶりに上野の森に足を運んだ。
初夏の雨と日差しを繰り返し受けて日々ふくらむ緑の公園の中、
ゆったりと点在する美術館と博物館。
その建物は著名な建築家によるものが多く、もちろん見るべき展覧会も
催されていることから、来る度、こんな素晴らしいカルチャーを
楽しめる場所が身近にあるのだから、もっと頻繁に来なきゃなあと思う。
写楽展はなるほど、見応えがあった。
見逃した読者の皆さんには申し訳ないが、展示は6月前半で終了している。
世界中で所蔵されている写楽の版画が3図を除いて集められ、
約140図、約170枚の作品が一堂に会した様は壮観であった。
1期から4期までの作風の違いを見られるのはもちろんのこと、
同時代に活躍した他の浮世絵師らによる、同じ役者を描いた作品を並列したり、
写楽の同じ作品でも、違う摺り版を並べて色の保存状態を比べたりという
展示の工夫がされている点が、とても興味深かった。
浮世絵師としては、たった10ヵ月という短い活動時間で消えた、写楽。
本人の素性が明かされなかったことから、写楽は誰なのかという
謎解きがブームとなった時期があったようだが、現在は初期の研究の通り、
徳島出身の能役者、斉藤十郎兵衛という説が有力になっている。
写楽の海外での評価が高まったのは、ドイツのユリウス・クルトが
1910年に出版した『写楽』で、写楽をレンブラント、ベラスケスと
並ぶ3大肖像画家と絶賛したのがきっかけと言われる。
しかし、もともと私は個人的には、浮世絵なら写楽よりも
歌川広重の「東海道五十三次」や、「名所江戸百景」など
風景画に興味があった。
ああした風景画を見ると、
へぇー、昔の品川ってこうだったんだー、などと思ったり、
江戸時代の町人の様子がわかったり、
当時のことを教えてもらえて大変に面白い。
広重だけに限らないが、当時の日本の姿を書き残してくれた浮世絵師の
皆さん、ありがとうございます、と言いたい気持ちになる。
そういえば、かのフランク・ロイド・ライトも
浮世絵のコレクターだったとか。
趣味で集める単なるコレクターではなく、
日本で買い付けて本国アメリカで売るディーラーだったよう。
ライトも広重がお気に入りで、自身もコレクションしていたと同時に、
設計には広重、浮世絵美術の影響を受けたという。
浮世絵の世界は深い。
見ればもっと知りたくなり、本を読みたくなる。
上野の森には名建築が点在する。写真は1999年に開館した、東京国立博物館法隆寺宝物館。設計は谷口吉生。
同じく上野の森、国立科学博物館の前を通って。シロナガスクジラの実物大のオブジェが目印。
- リビングジャーナリスト・「家の時間」編集主幹
中島早苗 1963年東京生まれ。日本大学文理学部国文学科卒。アシェット婦人画報社で12年在籍した住宅雑誌『モダンリビング』を始め『メンズクラブ』『ヴァンサンカン』副編集長を経て独立。約20年間400軒あまりの家と家族、建築家、ハウスビルダーなどへの取材実績を基に、「ほんとうに豊かな住まいと暮らし」をテーマとして、単行本や連載執筆、講演等活動中。著書に『建築家と家をつくる!』『北欧流 愉しい倹約生活』(PHP研究所)『やっぱり住むならエコ住宅』(主婦と生活社)『住まい方のプロが教えるリフォーム123のヒント』(日本実業出版社)『建築家と造る「家族がもっと元気になれる家」』(講談社+α文庫)他。