2014年05月28日更新
池尻団地の建替え
東京オリンピック前後に建てられた集合住宅の老朽化が、
以前から問題になっている。
建て替えるのがベストな方策のように思えるが、
それが容易ではない。
複雑な権利関係、区分所有者の合意形成、
そして、既存より戸数を増やして
その売却益が得られるような、
容積率に余裕のある建物でなければ
建替え資金が確保できない、など多くの問題があるからだ。
全国の集合住宅ストックは、2012年末の時点で約590万戸。
そのうち、1981年6月以前に建てられた旧耐震のものが
106万戸もあるというのに、これまでに建替えができた建物は
震災等被災物件を別にすれば、たった200件程度に
過ぎないのだから、ほとんど建替えられていないに等しい。
今後、老朽化問題はどうなってしまうのだろうと
危惧せずにはいられないが、そんな中、
とある団地の建替え事例を見に行った。
東京都世田谷区池尻に1963年に建てられた「池尻団地」。
当初鉄筋コンクリート造5階建て3棟、125戸と
店舗他で成っていた団地を、地上11階地下1階1棟、
205戸の集合住宅に建替えた例だ。
この団地も建替えに当たって多くの問題を抱えていたため、
建替え委員会が発足してから建替えられるまでに、
実に20年もの月日を要した。
気が遠くなるほどの時間とパワーが必要となるのだから、
建替えがなかなか進まないのも理解はできる。
建替えの問題、建替え前後の変化などの詳細は
事業主の旭化成不動産レジデンスのサイト
をご参考いただくとして、新しい建物を訪れた
感想を記しておくことにしよう。
高齢で一人暮らしの地権者や、
渋谷からもほど近い地の利を求めたファミリー層など、
多彩な住民のニーズを満たすべく
1DKから4LDKという多様な広さと間取りが
用意された「アトラス池尻レジデンス」は、
中庭を取り囲むようにゆったりと建っていた。
以前はほとんど利用されていなかったという公園を移設し、
住宅からも街路からも楽しめるようレイアウト、
既存の樹木も生かされたせいか、建ったばかりというより
以前からこの地にあったような落ち着いた風情だ。
個人的に、中庭のある集合住宅が大好きなので、
とても素敵な佇まいだなと思った。
以前イタリアの住宅を何度か取材した折、
中庭を取り囲むロの字型の集合住宅を幾つも見た。
自宅のテラスから中庭が見下ろせ、
ちょうどいい距離感で同じ建物に住む人の
テラスが見える。
中庭を囲む集合住宅っていいなぁと思ったが、
残念ながら日本には多くない気がするので、
この池尻レジデンスに住む方々が羨ましい。
自分の好みの話になってしまったが、
上手く再生された池尻団地は、
私にとっては心地よい印象だった。
50年前に売り出された当時、一戸が約50㎡、300万円
だったそうだが、現在は平均坪単価が337万円というから、
物価というか不動産価格の値上がりは相当なものだ。
素敵な再生住宅だが、やはりといおうか、
既に完売御礼だそうだ。
- リビングジャーナリスト・「家の時間」編集主幹
中島早苗 1963年東京生まれ。日本大学文理学部国文学科卒。アシェット婦人画報社で12年在籍した住宅雑誌『モダンリビング』を始め『メンズクラブ』『ヴァンサンカン』副編集長を経て独立。約20年間400軒あまりの家と家族、建築家、ハウスビルダーなどへの取材実績を基に、「ほんとうに豊かな住まいと暮らし」をテーマとして、単行本や連載執筆、講演等活動中。著書に『建築家と家をつくる!』『北欧流 愉しい倹約生活』(PHP研究所)『やっぱり住むならエコ住宅』(主婦と生活社)『住まい方のプロが教えるリフォーム123のヒント』(日本実業出版社)『建築家と造る「家族がもっと元気になれる家」』(講談社+α文庫)他。