2013年10月16日更新
「ホテルライク」なインテリアの功罪
具体的なホテルの名前を挙げて、あのホテルのスイートルームのようなインテリアを実現したいというご相談が時々あります。自宅でも、ちょっとラグジュアリーな雰囲気で、居心地の良い空間に浸ってリラックスしたいという気持ちは、(建築家らしくない)乱雑な自邸で暮らしているのでよく判ります。
メインの空間には生活必需品ともいえる新聞・読みかけの本、テレビリモコンがソファ周りになく、テーブル上からは未整理な書類や手紙類がきれいに隠され、洒落たインテリア小物が飾られている。キッチン周りは冷蔵庫だけでなく電子レンジや炊飯器も上手く隠されて、キラリとした照明がワイングラスや美味しそうなフルーツに光を浴びせている。洗面・トイレ・浴室周りは透明感のあるガラス壁と鏡が多用され、整頓されたリネンとアメニティー類が置かれている、そんなところがホテルインテリアのイメージではないでしょうか?
いかにも居心地が良さそうで、リラックスできそうなホテル空間は、インテリアの勉強になるので、これまでも幾つものホテルを見学してきました。ところがプロの目線でホテルを眺めると、住宅空間にはなくてはならないものが欠けていたり、バランスが崩れていたり、普通の暮らし方では、恐らく大きな問題になることがあることに気が付きます。
1.玄関空間はあっても機能的な玄関がないこと。共用廊下から個室に入る玄関扉と、その内側の玄関ホールに当たる空間はありますが、靴を脱ぐ框がなく、靴や傘を収納するスペースもありません。
2.きちんとしたダイニングとキッチンがないこと。これも当り前ですが、ホテルではレストランやラウンジが飲食を担当するので、余程大きなスイートルームでなければダイニングはなく、せいぜい軽食を食べる丸テーブルが置かれているくらいで、キッチンに至っては滞在型ホテルでなければほぼありません。カウンター下にミニ冷蔵庫を隠したバーがある程度です。
3.蔵書や書類、掃除機や救急箱などを保管する収納がないこと。お洒落な飾り棚やトランクに入る程度の洋服を掛けるクローゼット収納はあっても、それ以上の収納は用意されていません。ましてや住宅では重宝する納戸もありません。
4.寝室が過剰に膨らんだ形がホテルの一番の特徴で、寝室の中に書斎テーブルが置かれ、ラウンジチェアとテレビがレイアウトされている状態です。中々普通のお宅であれだけの余裕を持った寝室は作れる余裕がありません。
5.水廻りにガラスが多用されており、毎日拭き掃除をしなければ、とてもきれいな状態で保てません。ベッド類もきれいにセットされていますが、これだけきれいに暮らすには、誰かが多大な時間を清掃とセッティングに時間を掛けるか、お手伝いさんを雇う必要があります。
以上のような問題があるからと言って、ホテルインテリアにケチをつけることはできません。最新のトレンドを採用したスタイルやカラーリング、生活感を上手く排除し、リラックス感を上手に演出する収納計画や照明などはいつも参考にさせて貰っています。ただ、生活してゆけば必ずぶつかるであろう収納や清掃の問題、ホテル空間は巧妙にそれらから逃れていることを知っておく必要があると思っています。また、費用を掛けて、特別ラグジュアリーな雰囲気に浸りたい時に宿泊するには適していても、心理的に弱っている時や体調が悪い時にも過ごせる空間か?という視点も考えておくべきだと思っています。住宅は、どんな状態の時でも自分を受け入れる器であるべきと考えると、あまりに自分らしさから離れた、非日常過ぎる空間になってしまっては、他人行儀な生活を送らざると得なくなってしまいます。スタイリッシュな「ホテルライク」な空間へとリフォームしたは良いが、暮らし始めてみると、生活感を隠す収納もなければ、片付ける手もなく、却って以前暮らしていた空間の方が落ち着いたということになってしまっては、元も子もありませんので…。
間接照明とスタンドライトだけで照らした書斎コーナーの飾り棚には、本や雑誌だけでなく、これからの旅行の度に思い出の品を購入して飾ってほしいとの願いから、キッカケになるインテリア小物を置いた
ニューヨークのホテルの内装。カーテンや家具を中心に計算され尽くした、まさにホテルライクなインテリア
コンパクトな主寝室空間ながら、L字型のウォールナット張りのヘッドボードと白黒写真、お洒落なベッドリネンと照明などで快適なホテル仕様を目指した事例
大理石カウンターとスモーキーテイストの扉材で構成されたキッチンとダイニング空間。収納は十分に確保しながら、素材の色調とトーンを合せることでシックな空間作りに成功した
広めの空間に書斎コーナーとラウンジチェアーをレイアウトした寝室の事例。ベッド背面を、隠す収納と飾る収納の二つで構成し、華やかさを演出した
- 建築家
各務 謙司 (カガミ ケンジ) 1966年東京都港区生まれ。早稲田大学大学院終了後、ハーバード大学大学院に入学。留学修了後、94年にニューヨークのCicognani Kalla設計事務所勤務。マンハッタンの高級マンションのリノベーション、郊外の別荘等を担当する。帰国後、生まれ育った白金台に設計事務所を開設。古くなった建物にリフォームで手を加え、住まい方にあわせカスタマイズし、生き返らせることを活動の一つの柱としている。
カガミ・デザインリフォームhttp://www.kagami-reform.com/