2015年04月27日更新
玄関からリビングダイニングへのアプローチ
マンションには玄関が2つあります。マンション全体の玄関としての共用玄関部分と、そこからエレベーターや共用廊下を経てたどり着く、専有部(個人邸)の玄関の二つです。一般的に、共用玄関には受付やコンシェルジュデスクのあるロビー空間があり、だれがいつ使うのか判らないスタイリッシュなソファーセットに加え、風格のある彫刻や絵画が置かれ、マンションの顔として最もデザインが濃密かつダイナミックな空間となっています。そこから共用の廊下やエレベーターホール、各階の共用廊下と、デザイン密度や素材のグレードを違和感のない範囲で少しずつ落としてゆきながら、専有部の玄関へとアプローチしてゆきます。
専有部の玄関扉を開くと、タタキには大理石が張られ、鏡面塗装扉の作り付け靴箱や立体感のある素材が張られた壁に、キラリとして照明が当てられ、再度空間的に高揚感が感じられるような作りとなっています。そこからひと曲りしてクロス張りの少し地味な廊下を経て、デザインされた建具を開けて、ようやく大きな開口部のあるリビングダイニングにたどり着くというアプローチになります。簡易的な図式としては、「もっとも立派な共用玄関&ロビー」→「少しグレードの下がった共用廊下&エレベーター」→「多少華やかな専有部玄関ホール」→「単調で退屈な廊下」→「明るさや広さが重視されたリビングダイニング」という流れになっています。
これらのアプローチのシークエンス(人の動線に沿って空間が展開するさま)は、マンションの住人の毎日の生活を考えて設計されているというより、いかにして分譲発売時に販売してゆくかのシュミレーションから考えられている側面の方が強くなっているようです。分譲する価格帯から考えると、ワンランクアップされた仕様のエントランスホールで、まず顧客層にインパクトを植え付けるのでしょう。本来的にはエントランスホールは、住人が集まってコミュニティーを発展させやすいように作るべきなのでしょうが、実は高級マンションになればなるほど、ホールに用意されたラウンジのソファーセットは人が溜まりにくいように設計されているように感じられます。賑やかで人が集まって世間話をしているロビーより、丁寧なコンシェルジュが控えめな挨拶をしてくれる人気のないラウンジを通り抜けてゆく方が、よりプライベートな空間に感じる度合いが高く感じられるからだと思われます。そこからは照明を落とすことで、仕上げのグレード感の差が感じられないように作られた共用アプローチを経て、個々の玄関にたどり着く流れになります。専有部玄関ホールは、共用ロビーで使われた素材やデザイン要素を小さなスケールで再現することで、共用部のグレード感を思い返させるのでしょう。そこからリビングへの廊下は、企画販売側からするとコスト上一番費用をかけにくい空間となってしまいます。PP分離(パブリックとプライベートを動線的に分ける設計)がなされていれば、リビングまでのアプローチは短くて済みますが、間口が狭い中廊下型の住戸となるとどうしても長くなり、また日常の動線とも重なってしまうので、グレード感の乏しさを隠す為に暗くすることもできず、もっとも残念な空間になってしまいがちです。
長い前置きになってしまいましたが、今回はそのもっとも空間性の乏しい専有部玄関からリビングまでのアプローチ空間を、表情豊かに感じさせる素材を使って、濃密に仕上げた事例を幾つか紹介いたします。デザイン的に課題となるのは、①日常感が滲み出てしまう靴箱やクローゼットの扉をどう演出するか、②廊下に置かれることが多い来客用も兼ねたトイレの扉をどう隠すか、③白い壁紙で没個性的になりがちな廊下にどのように個性を与えるか、④リビングへの扉にどのようなグレード感を与えるか、だと考えています。
木製のパネル仕様の壁と建具で構成された廊下。左側壁面には、壁と同じ仕上げにして隠したプライベート部分への扉があり、正面にはアクセントとなる緑色のパネルを設け、単調になりがちな空間に華やかさを加えた
廊下は天井を落とし、右側の壁にはアガチスの羽目板を張ったアプローチ動線。
扉は廊下の先に設けず、手前の玄関と廊下の境目に大きな引き戸で設けている
玄関のタタキと壁に同材の大理石を使い、レザー張りのトイレ扉は、
同材を張ったパネル壁の中に隠し、廊下突き当り壁には
白い大理石張りとした濃密なアプローチ空間
濃い目のフローリングを床と正面リビングへの建具に使い、
途中にペットの組み込みゲージを設けた廊下空間
ダークな色調の壁とガラスを入れた特注スチールサッシを対比させたアプローチ。
サッシ越しに見えるグリーンと、ダイニングへと繋がる天井の黒いカラーガラスが
空間のポイント
- 建築家
各務 謙司 (カガミ ケンジ) 1966年東京都港区生まれ。早稲田大学大学院終了後、ハーバード大学大学院に入学。留学修了後、94年にニューヨークのCicognani Kalla設計事務所勤務。マンハッタンの高級マンションのリノベーション、郊外の別荘等を担当する。帰国後、生まれ育った白金台に設計事務所を開設。古くなった建物にリフォームで手を加え、住まい方にあわせカスタマイズし、生き返らせることを活動の一つの柱としている。
カガミ・デザインリフォームhttp://www.kagami-reform.com/