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[第16回]狩野智宏さん

 数多くの公共建築やホテルで、美しくも大胆な作風のガラスアートを発表しているガラス造形作家の狩野さん。室町時代から江戸時代末期にかけて活躍した日本最大の日本絵画の画派「狩野派」の系譜で、幕末・明治時代に活躍した狩野友信を母方の曽祖父に持つというプロフィールに驚きながら、住まいに関する思いやアートのある暮らしの楽しみ方についてお話を伺いました。

美術や音楽は子どもの頃から身近な存在

――狩野派の日本画家である狩野友信氏から5代目にあたるそうですね。美術史で知っていた狩野派がぐっと身近に感じます(笑)
狩野「友信は、祖母が生まれた時、左側に竹、右側に犬を描いた掛け軸を描いたそうです。『竹』と『犬』を上下に重ねて『笑』という字にみせるという、一種のユーモアですね。その掛け軸は今も実家で大切にとってあります」

――狩野さんもやはり、小さな頃からそうした環境の中で育ったのでしょうか。
狩野「母方は日本画でしたが、父方の祖父のほうは大変な音楽好きで、戦前から自宅に親戚一同で楽器を持ち寄って、クラシックコンサートを開いたりしていたような人だったそうです。父はその影響を受けたようで、ずっと転勤族の賃貸暮らしでしたが、家の中では常にクラシック音楽やFENが流れているような環境で私も育ちました」

――同じ芸術でも、美術ではなく音楽に囲まれていたのですね。
狩野「そんな環境の中で、僕自身は小さい頃からずっと絵画教室にも通っていました。音楽は聴くほう専門で、自分でするのは絵やものづくりでしたね。今もスタジオでは常に音楽をかけて作業していますよ」

――狩野さんはCM制作会社を経てガラス造形作家という、ユニークな経歴をお持ちですね。
狩野「学生時代に、版画家だった友人のお父上で吉田穂高さんが趣味でガラス工芸をしていたので、見学に行ったんです。そこでガラス工芸が技法によっては個人レベルでできるものだと初めて知り、衝撃を受けたのがきっかけですね。その後、サラリーマンをしていた時にバイクで事故を起こしてしまい、入院やリハビリをしていた時期に、CMと違って一人で完結できる仕事ということにとても惹かれて、ガラス工芸の世界に進んだんです」

――『一人で完結』といっても、それなりに設備や場所などが必要な気がしますが、最初からスタジオなどを借りていたのでしょうか。
狩野「私がつくるのは”パート・ド・ヴェール”という、ガラスの粉と糊を練ったものを粘土の原型から起こした型に詰めて焼成させる技法が主なので、いわゆる”吹きガラス”のように熱したガラスに細工をするようなスペースは必要ないんです。最初は、実家に小さなガラス工芸用の電気炉を置いて制作をしていました。今も現役で使っていますよ(と、圧力鍋サイズの炉と大型スピーカー程度の電圧器を指す)」

元写真スタジオを建築家の設計でリフォーム

――その後、山梨県の上野原にスタジオをお持ちになったのだとか。
狩野「結婚を機に実家を出ることになったのと、大きな作品を作りたいという思いがあって、上野原に移りました。賃貸だったんですが敷地がとにかく広くて、生活する一戸建ての家、作品をつくる工房、電気炉を置く中古のプレハブの3棟を使っていましたね。奥さんは東京の広告代理店に勤めていて別居結婚という形だったこともあって、ここではあまり家をいじるようなことはありませんでした」

――そして、現在のスタジオ兼住居への転居となるのですが。
狩野「山梨と東京を行き来する生活もそろそろ終わりにしようと、東京で工房スペースを持つ賃貸物件を探し始めましたが、条件に合うものが全然見つからなくて…。1年半位、神奈川県までエリアを広げて探しているうちに、偶然、港区にある写真スタジオが賃貸に出されているという情報が入ったんです」

――写真スタジオですか!意外なところから物件がでましたね。
狩野「港区内の物件は家賃が高くて検討すらしていなかったので、全くの想定外でした(笑)。早速見に行ったら、都心なのに付近にお寺が多くて緑豊か。付近一帯はお寺が所有する借地なので、この一角だけ開発されなかったようです」

――お寺が所有する借地は意外と狙い目なんですよね。まさに掘り出し物です。
狩野「すぐ気に入って、公私共にお世話になっている建築家の陶器二三雄さんにリフォームの設計を依頼しました。大型公共建築の設計を数多くされている方ですから”犬小屋をつくるようなもの”と、その場でサラサラっとメモ書きで設計していましたね(笑)」



1階のスタジオは高い天井を活かした、広々とした空間。無機質な鉄骨は天井部分まで全て自分たちで白く塗った。メーカーと一緒につくったオリジナル色の作品が映える


(左上)壁と同色の引き戸を開ければワンルーム空間に (右上)日当たりのいいリビング。東南アジアの楽器が部屋のアクセント(中)オープンキッチンの主役はイタリア製のダイニングテーブル。ペンダントライトは自作(左下)階段付きの玄関はプライベート空間への切り替えを自然に生む効果が(中下)ペパーミントグリーンのキャビネットはイデーの試作品(右下)ユーティリティは新たに増設。小さな空間も間接照明で印象的に


付近の喧騒を忘れてしまうほど静かな一角。都心の一等地でも、探せば買い手・借り手のつかない借地物件は案外多い


――この家について、何か狩野さん自身がこだわった部分はあるのですか?
狩野「リフォーム作業については自分でできることはできるだけやりたいとお願いし、壁はペンキだけでなく、下地のパテ埋めから全て自分たちで2ヶ月かけて仕上げました。仕事柄こうしたことは得意なので、立ち会った職人さんは、僕たちが塗っているところに見習いの職人達を連れてきて、お手本として見せていましたね。『時々現場を手伝いにこないか』と誘われたり(笑)」

――狩野さんはプロの造形作家ですから、当然といえば当然ですね(笑)
狩野「ダイニングのペンダント照明も自作です。あと、これはプロの方にお任せしたのですが、床をどうしても無垢のホワイトパインにしたかったんです。本来は壁材で柔かすぎるので確かに傷や汚れはつきやすいですが、独特の柔かさや暖かみはやはり心地いいですね」

――オープンキッチンのリビングダイニングからサニタリースペース、プライベートスペースと引き戸で回遊できる設計になっていて、移動もスムーズで住み心地がよさそうですね。
狩野「この物件を紹介してくれた不動産会社が、あまりの変わりように驚いていました。この家に住み始めて9年になりますが、ほとんど何もいじっていません。シンプルだけど使い勝手がよく、広々として気持ちのいい空間です」

――ところどころに置いてある海外の民芸楽器や、アート作品がいいアクセントになっています。居住空間にアートを取り入れる際のコツなど、アドバイスをいただけませんか?
狩野「特に決まりといったことはないので、まずはオブジェでも器でもいいので、自分が気に入ったものを置いてみる。空間に合わせようとせず、自分の感覚優先で花を飾るようにアートを置く、というくらいがちょうどいいかもしれません。僕がガラスで作品をつくる時と同じで『どんなことができるんだろう?』というアプローチが大切なように思います」

狩野智宏さん プロフィール
1958年東京生まれ。86年よりガラス制作を開始、95年「狩野グラススタジオ」「GLASS ART CLASS DAIKANYAMA」設立。アールヌーヴォー期に多くの作家が手掛け、幻の技法と呼ばれるパート・ド・ヴェールによる独創的な作品で数々の賞を受賞、東京国立近代美術館にも作品が収蔵される。ジャンルを超えたコミッションワークやインスタレーションにも積極的に参加している。
オフィシャルサイト
http://www.kanoglassstudio.com/
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