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[第18回]牧山圭男

 戦後の激動期を駆け抜け、その生涯や生き方に、現代も多くの人が惹き付けられている白洲次郎・正子夫妻。お二人のひとり娘である桂子さんと結婚し、現在は次郎夫妻が生前移り住んでいた農家「武相荘」の館長を務める牧山さんは、会社員時代に始めたやきもの制作に勤しみながら自分らしい生活スタイルの探究にも余念がなく、遊び心とダンディズム溢れる暮らしぶりを実践されています。武相荘での次郎夫妻の暮らぶりを間近で見続けてきた立場ならではの、住まいに対する思いについてお話を伺いました。

建物の歴史に敬意を払い、暮らしを育てていった「武相荘」

――武相荘は東京郊外、町田市の静かな住宅街にありますが、周囲に比べ、この敷地だけは昔ながらの武蔵野の面影が残っていてほっとします。
牧山「今では大分宅地化が進みましたが、次郎達が移り住んだ頃は、この辺りは本当に何もないのどかな農村だったようです。周囲は農家ばかりで、同じような茅葺きの家も何軒かありましたが、武相荘はとりわけ道路から引っ込んだところにあったことから『こんな所に人が住むのか』と言われていたようです」

――武相荘は今でこそ「働いて生きていくための家」というより「生活のための家」という意味合いが強いとわかりますが、当時は周囲から不思議がられたかもしれません。
牧山「当時の戦局や近い将来の食料事情を見越し、自給自足できる田舎暮らしを選択した次郎たちですが、それは決して”疎開”ではなかった。彼ら独自のスタイルある田舎暮らしでした。次郎は若い頃にイギリスへ留学していましたが、当時のイギリスもある意味”大いなる田舎”。その辺りのイメージが、ここでの暮らしの根底にあったのだと思います」

――築100年の茅葺き農家にそのまま住んだそうですね。
牧山「次郎も正子も西洋暮らしが長かったので、建物をそのまま長く使う”石の文化”が自然に身についていたのでしょう。歴史を刻んできた家に敬意を払いつつ、そこに少しずつ自分たちの好みを取り入れた暮らしを実践したいという思いがあったのだと思います」

――元の建物を”利用する”のではなく、そのものの良さを評価し、生かしていくように暮らしていたと。
牧山「次郎はよく机や道具入れなどを自分で作っていましたが、家の造作には大きく手を入れることはありませんでした。モデルチェンジをするのではなく、少しずつマイナーチェンジをしながら、おのずから馴染んでいくという感覚だったのではないでしょうか」

――風格のある佇まいが印象的な家の中に入ると、しっとりと味わい深い古民具や骨董が絶妙のバランスで配置されています。決して派手でも目立つわけでもないのですが、不思議な存在感と、何ともいえない愛嬌ある使い方が施されていて、住み手のセンスやユーモアを感じます。
牧山「武相荘を公開してから、多くの方に”案外、質素なのね”言われます。でも、一見質素に見える骨董や古い家具に本物の価値を求めたり、自分たちらしい使い方を考えていったりしたところに、二人の本当の美意識やバランス感覚があるように思います」

田舎暮らしで豊かな気持ちと時間を手に入れるには

――現代でも「田舎暮らし」に憧れる人はたくさんいますが、次郎さん夫妻はその先駆けのような気がします。
牧山「時代的なこともあり、次郎はもともと農業に興味を持っておりました。だから、今の人達のように、憧れやスタイルから未経験者が始めてみるような田舎暮らしとは意味合いが全く違うと思います。それに、田舎暮らしといっても、次郎達の暮らしぶりは全然保守的じゃありませんでした」

――保守的じゃない田舎暮らし、ですか。興味深いです。
牧山「とにかく新しいものが大好きで、モダンな道具もどんどん取り入れていました。キッチンには最新式のどでかい冷蔵庫があったし、庭の芝刈りに自走式の芝刈り機を買ってきたこともあります。そういうところは、いわゆる懐古趣味的な田舎暮らしとは違いましたね」

――生活全てを昔のやり方にするということではないんですね。
牧山「便利なものはどんどん受け入れながら、別の次元で、自分たちで暮らしをつくっていくことを大切にしていたのだと思います」

――形ではなく、そこで何をするか見極めることが大事だと。
牧山「私は、二人の武相荘での暮らしぶりを間近で見て、”自分の手で作ることを大事にする” “古いものを大切にする”ことを学びました。そうすることで豊かな気持ちと時間が生まれるのだと、確信が持てるようになりましたね」



(上)ハイサイドライトから光がこぼれる牧山さんのアトリエには、色とりどりのやきものが棚いっぱいに飾られている(下)奥様の桂子さんからのリクエストで作ったやきもの。シンプルでありながら、さりげない遊び心を感じさせる


(上)「武相荘」では当時の白洲次郎・正子夫婦の暮らしぶりを忠実に再現、公開している (左下)次郎さんが正子さんのために作ったブラシ箱には「彼女がもっと部屋をきれいにしますように!」とユーモア溢れるコメントが (右下)室内の至るところに正子さんの目に適った骨董や古民具が置かれている


アトリエに隣接するプライベートルームでインタビューに答える牧山さん。趣味で買い集めた骨董や楽器、50年代のアメリカ雑貨が不思議な調和を醸し出した「男なら誰もが憧れる隠れ家だね」


趣味の世界や生き様など、家にはいろんなものが投影されるべき

――牧山さんがやきものの制作を始めたのも、そうした影響があったのでしょうか。
牧山「武相荘では、正子を訪ねてくるたくさんの編集者や文学者が、日本の歴史や骨董、文化に関する議論をしょっちゅう交わしていました。私は知識がなくて皆が何を言っているかさっぱりわからず、話に加わることができなかったんです。そんな頃、偶然仕事で益子焼の作家を訪ねる機会があって、ろくろを回すリズムや、みるみる土が立ち上がっていく造形のダイナミズムにすっかり魅了されてしまったんです。よくよく考えたら、正子はやきものの目利きだけど、作ることはできない。それなら自分は作るほうにまわろう、違う角度から文化や芸術に近づいてみよう、と思ったんです」

――牧山さんの作品に対する正子さんの評価はいかがでしたか。
牧山「初めて持っていったとき『あんた、うまいね』と褒めてくれました。娘婿だからとお世辞を言うような人じゃなかったので、本当にそう思ってくれたのだと思います。普段用にもよく使ってくれて『いいものを見せてあげるから、たくさん見なさい』とのアドバイスももらいましたね」

――牧山さんの奥様の桂子さんも、次郎さんご夫婦の影響を受けていらっしゃいますか。
牧山「結婚して今の家を建てる時、妻は設計士と図面にかかりっきりになって、照明からドアノブまで全て決めていました。女性であそこまでできるというのも珍しいんじゃないかな。ものに対するこだわりは正子譲りのものかもしれません」

――今うかがっている牧山さんのアトリエには、50年代のアメリカ雑貨とエスニックな民具、骨董が絶妙のバランスで置いてあって、雑然としながらも不思議な居心地のよさを感じます。このインテリアは牧山さんのご趣味ですか。
牧山「私は終戦当時7~8歳だったので、アメリカ文化の影響を受けた世代なんですね。骨董は妻が嫁入り道具でどっさり持ってきました。私は結婚当初、白洲家の骨董の食器を見て『なんでこんな薄汚いものを使っているんだろう』と思っていたんだけど、使っているうちにその深みや味わいわかってきて、今は古いもののほうが落ち着くようになりました。ここにある物は、ジャンルはいろいろだけど好きなテイストのものが自然に集まったという感じです」

――インテリアや食器などを選ぶとき、どちらかの趣味に合わせるようなことはないのですか。
牧山「それは全くないですね。お互いに自分の好きなものを選んでいるけど、こと生活の道具やインテリアに関しては、好みのテイストが合っているので何も気にならない。西洋と東洋、新しいものと古いもの、いろいろなものを合わせながら、自分らしいスタイル、主張を二人で作っていくという感じですね」

――好きなテイストのものを組み合わせていくことで、家にも少しずつ自分達らしさが生まれるのですね。
牧山「家というのは、生きているうちで相当な時間を過ごす大切な空間だから、そこに住む人間の何らかの主張がないとつまらない。『あの人がいいと言った』は所詮借り物で、気持ちが心から休まらないはずですよ。趣味の世界だったり生き様だったり、いろんなものが投影された家というのは、お金のあるなしとか、片付いている、散らかっているということとかに関係なく、センスのレベルが統一されているんですね。そんな空間は自分も気持ちいいし、訪れる人も落ち着くものなんですよ」

牧山圭男さん プロフィール
1938年東京都生まれ。1965年に故白洲正子の長女桂子さんと結婚。株式会社ヤナセ、西武百貨店、大沢商会などのビジネスでの第一線キャリアを経て、2001年10月に旧白洲邸「武相荘」のアドバイザーに就任。その後「武相荘」館長として旧白洲邸の保全に務めている。

■旧白洲邸 武相荘 
 東京都町田市能ヶ谷町 1284
 開館時間 10時~17時(入館は16時半まで)
 休館日 月曜日・火曜日(祝日・振替休日は開館)夏季・冬季休館あり
 入館料 税込 1,000円 ※小学生以下の入館不可
 http://www.buaiso.com
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